センター長挨拶

 低温科学の幕開けはカマリング・オネスによる1908年のヘリウムの液化の成功に遡ります。その後約半世紀を経て、 世界的な低温科学の発展を背景に、1967年東京大学本郷キャンパスに低温センターが設立され、本郷地区を中心として 本格的な寒剤供給が始まりました。以来、本センターは液体窒素、液体ヘリウムの学内需要増に応える形で、液体窒素貯槽、 ヘリウム液化機、精製機等各種設備の更新を経つつ、今日に至るまで学内への寒剤供給を担って参りました。 2020年には待望のヘリウム液化機増設が実現し、液化機2台体制のもとヘリウム供給能力の向上と安定化が図られ、 増加の一途を辿るヘリウム需要に応える体制が整ってきました。
 今日、液体ヘリウムは、MRI診断装置、核磁気共鳴装置(NMR)、超伝導量子干渉計(SQUID)、超電導磁気浮上鉄道など様々な 技術や装置に利用されており、また低温環境を必要とする多様な基礎科学の研究には欠かせない基礎インフラとなっています。 東京大学に於いても本センターから供給される寒剤は、理学系、工学系、薬学系、農学生命科学、医学系の各研究科、 附属病院等ほぼ全ての理系部局で使用されており、本学の研究活動のライフラインの一つになっているといっても過言ではありません。
 2020年には低温科学研究センターに改組し、学内の寒剤供給と共に広く低温科学研究を推進、支援する学際融合研究施設として 新たな門出を迎えました。本センターは、液化供給部門、共同利用部門、研究開発部門の3部門から構成されています。
 液化供給部門では、熟練した技術を有する技術職員により、高い安全意識のもとでヘリウムの回収、液化、寒剤の汲み出し等、 液化関連業務が日々進められています。ヘリウム回収率向上に向けた取り組みや学内寒剤利用者への技術支援も行っており、 引き続き学内への安定的な寒剤供給に取り組んで参ります。
 共同利用部門では、共同利用設備として汎用性の高い極低温物性計測システムを運用しています。2022年からは 極低温量子プラットフォームが始動し、量子コンピュータや量子センサをはじめ、その周辺技術も含めた広い意味での量子技術の 開発研究に必要となる極低温環境を作り出す希釈冷凍機が共同利用できるようになりました。低温科学に関連する創造の場として、 今後より多くの方にご活用いただけるよう利用環境の整備を進めて参ります。
 研究開発部門では極低温科学研究を推進し、低温下で顕在化する量子物性物理学、低温物質科学の最先端研究を進めています。 学際融合研究施設として高度な専門知識を有する専任教員、兼任教員の協力による新しい低温関連技術の開発にも取り組んでおり、 低温科学の発展に資することを目指しています。また、学際融合の場として毎年、部局横断型の研究交流会を開催しており、 本学の若手研究者、大学院生の研究交流の貴重な機会として好評を博しております。
 希少資源であるヘリウムは、近年、世界的な需要増に加えて、産出国の政治・産業経済・ 地政学的の影響を受け調達難が続く傾向にあり、 ヘリウムリサイクルシステムの重要性が一層増しています。本センターは前身の低温センターの設立理念を継承し、長年にわたり培われてきた 低温技術の更なる発展、低温科学の推進を目指すとともに、引き続き学内に安定して寒剤を供給できるよう努め、 東京大学における研究活動を強く支援する所存でございます。
 皆様のご協力、ご支援をよろしくお願いいたします。

令和5年4月
東京大学 低温科学研究センター長  島野 亮