銅酸化物高温超伝導体で超伝導の”さざ波”のヒッグスモードの観測に成功
  1. 発表者
    島野 亮(東京大学低温センター・大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
    勝見 恒太(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 修士課程2年)
    青木 秀夫(産業総合技術研究所電子光技術研究部門 招聘研究員、東京大学名誉教授)

  2. 発表のポイント
    • 銅酸化物高温超伝導体で、素粒子のヒッグス粒子に相当する超伝導のさざ波であるヒッグスモードの観測に初めて成功しました。
    • 今後、ヒッグスモードの特性を詳細に調べることで、高温超伝導体の性質がより明らかになりその理解が進むことが期待されます。
    • 未知の超伝導体の性質を調べる新しい手法として役立つことが期待されます。

  3. 発表概要
     東京大学低温センター・ 理学系研究科物理学専攻島野亮教授らの研究グループは、理化学研究所辻直人研究員、産業技術総合研究所電子光技術研究部門青木秀夫招聘研究員(東京大学名誉教授)の理論研究グループ、およびパリ・ディドロ大学Yann Gallais教授(2017年1月−3月 東京大学理学系研究科GSGC教授)らと共同で、銅酸化物高温超伝導体でヒッグスモードと呼ばれる超伝導の励起(さざ波)が存在することを実験により初めて明らかにしました。素粒子物理でのヒッグス粒子に相当するヒッグスモードは、その理論予測から約50年を経て、最近標準的な低温超伝導体で発見され、その観測は超伝導の性質を調べる新しい手法として注目されていました。これが、高温超伝導体でどうなるかに大きな興味がもたれていましたが、高温超伝導体でもヒッグスモードが存在することが実験により初めて明らかになり、これから高温超伝導体の性質の理解が一層深まるものと期待されます。

  4. 発表内容

    図1 銅酸化物高温超伝導体のd波超伝導秩序変数が振動する様子の概念図。照射するテラヘルツ電磁波パルスの振動に追随して超伝導の秩序変数の大きさが振動する。


    図2 実験で観測された超伝導の秩序の振動の様子。(a)は照射したテラヘルツ波パルス(ポンプパルス)の電場成分を自乗したものの時間波形。(b)は、超伝導の秩序の時間変化を反映する量(近赤外光の反射率の変化)をプロットしたもの。横軸の単位は10-12(1兆分の1)秒。テラヘルツ波パルスの振動に追随して、超伝導秩序も振動している。超伝導転移温度以下でこのような振動が現れる。



    図3 ヒッグスモードの概念図。簡単のためs波超伝導体の場合を示す。超伝導の秩序変数は波のように振幅と位相を持っている。これを複素数で表し、その実部と虚部の関数として超伝導の自由エネルギーを描いた図。常伝導状態では、(a)のように原点に底があり、秩序変数がゼロという対称性の高い状態にいる。超伝導状態では、(b)のようにワインボトルの底のような形をとり、最もエネルギーの低い状態では秩序変数がゼロではない値を持つ。超伝導転移が起きるとき、原点からどこに向かって落ちても良いが、どこか一点に落ちる。これは本来360度どの値もとりうる秩序変数の位相がある値に定まってしまう、つまり超伝導の波(波動関数)の位相が定まる、ということに対応する(位相に関する回転対称性が自発的に破れる)。このとき、極小点の周りの振動として、 (b)の 青矢印で示すように、ワインボトルの底に沿って動くモードと、赤矢印で示す壁を駆け上がるモードの二つが発生する。後者は、素粒子のヒッグス粒子(ヒッグスボソン)に相当することから超伝導のヒッグスモードと呼ぶ。本実験では後者が、銅酸化物d波高温超伝導体において観測された。

     超伝導とは、金属の温度を冷やしたときに電気抵抗がある温度以下でゼロになり、同時に磁場が超伝導体内部に侵入できなくなる現象です。この特異な性質を持つ超伝導体は、MRI診断装置、リニアモーターカー、超高感度量子磁束干渉計、送電線、天文観測のための超高感度の電波(サブミリ波)センサーなど、さまざまな分野で幅広く応用されています。超伝導の発見は今から100年以上前に遡ります。ヘリウムの液化に世界で初めて成功したオランダの物理学者カマリン-オンネスは1911年、水銀を液体ヘリウムで冷やすと摂氏−268.8 ℃ (絶対温度で4.2 K)で電気抵抗が突然ゼロになることを発見しました。その後長らく、超伝導は非常に低い温度で生じる現象と考えられていましたが、1986年に銅酸化物高温超伝導体が発見され、液体窒素温度摂氏−196 ℃ (77 K)以上でも超伝導が生じることが示されました。その後、30年以上にわたり室温超伝導実現の期待のもとに超伝導発現の機構解明が進められ、膨大な研究の積み重ねにより、高温超伝導体の理解は著しく進歩しました。しかし、超伝導の発現機構そのものは未だ完全には解明されておらず、現代の物性物理学の最大の難問の一つとされています。
     さて、金属中では電子は互いに衝突を繰り返しながら、それぞれはバラバラに動いています。ところが温度が下がり超伝導になると、電子同士は対をつくり、マクロな数の電子が、位相がきれいに揃った一つの波のような状態になります。これは、液体から固体、常磁性から強磁性といった、秩序のない状態から秩序のある状態への相転移現象の一つです。この秩序だった静寂の超伝導状態に、瞬間的に刺激(擾乱)を加えると、その秩序のさざ波が生じます。このさざ波は、素粒子のヒッグス粒子(注1)に相当していることからヒッグスモードと呼ばれます(注2)。超伝導のヒッグスモードは理論予測から約50年を経て、最近島野教授らによって低温超伝導体(注3)で発見され、その観測は超伝導の性質を探る新しい方法として世界的にも注目されていました。今回、東京大学低温センター・ 理学系研究科物理学専攻島野亮教授らの研究グループは、理化学研究所辻直人研究員、産業技術総合研究所電子光技術研究部門青木秀夫招聘研究員(東京大学名誉教授)の理論研究グループ、およびパリ・ディドロ大学Yann Gallais教授(2017年1月−3月 東京大学理学系研究科GSGC教授)らと共同で、銅酸化物高温超伝導体でもこのヒッグスモードが存在することを実験により初めて明らかにしました。銅酸化物高温超伝導体の特徴の一つは、超伝導になる温度が高いだけでなく、超伝導を担う電子対が相対的に角運動量を持っている(回転している)点にあり、d波超伝導体と呼ばれます。この性質には、電子同士を結びつける糊の起源(電子間のクーロン斥力に起因する磁性)が深く関係していると考えられています。このような特徴を持つ高温超伝導体で、超伝導のさざ波であるヒッグスモードが観測されるかどうかは興味深い問題で、様々な理論予測がなされていました。島野教授らのグループは、テラヘルツ波(注4)と呼ばれる波長0.3 mm程度の電磁波パルスを高温超伝導体に強く照射することで、高温超伝導体の電子対を揺らし、その揺れ方を光を使って詳細に調べることでヒッグスモードの存在を突き止めました。
















  5. 今後の展望
     今後ヒッグスモードの性質を詳細に調べることで、高温超伝導体の性質に関するより深い理解や、通常は隠れていて見えない他の秩序の様子、未知の超伝導物質がどのような電子対の性質を持っているか、といった超伝導の性質の解明に役立つと期待されます。また、われわれの住む世界の真空では実験が困難な、未知の「真空」の性質を固体超伝導物質中で疑似的に実現し、そこでヒッグスモードの振る舞いを調べることで「真空」の性質を調べる研究がテーブルトップで行うことができるようになると期待されます。
     なお本研究の一部は、科学研究費補助金(課題番号15H02102、16K17729、26247057、25800175)、文部科学省「最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム」及び内閣府「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」の支援を受けて行われました。

  6. 発表雑誌
    雑誌名
    「Physical Review Letters」 (平成30年3月12日(米国時間)に同誌のウェッブサイトにオンライン掲載、3月16日に出版される予定 )


    論文タイトル
    Higgs mode in the d-wave superconductor Bi2Sr2CaCu2O8+x driven by an intense terahertz pulse (Editor’s suggestion) (編集者の注目論文)


    著者
    Kota Katsumi, Naoto Tsuji, Yuki I. Hamada, Ryusuke Matsunaga, John Schneeloch, Ruidan D. Zhong, Genda Gu, Hideo Aoki, Yann Gallais, Ryo Shimano


  7. 用語解説
    注1 ヒッグス粒子
     素粒子の標準理論では、真空が相転移を起こしヒッグス場と呼ばれる特殊な場で満たされていると考える。このヒッグス場からの励起(粒子)がヒッグス粒子である。2013年、スイスの大型加速器施設CERNでヒッグス粒子が発見された。


    注2 ヒッグスモード
     超伝導の秩序変数(実際には複素数の量)の振幅が集団的に系全体に亘って振動する現象をいう。超伝導体のエネルギー(正確には、自由エネルギーと呼ばれる量)を、超伝導秩序変数の実数部と虚数部の関数として描くと(図3)、ワインボトルの底(あるいはメキシカンハット)の形になる。ヒッグスモードはワインボトルの底から壁を駆け上がる方向の振動に対応する。素粒子物理学におけるヒッグス粒子もこのような振動モードに対応し、超伝導との類似性を追究した南部陽一郎博士の研究に端を発して考え出された。


    注3 低温超伝導体
     ここでいう低温超伝導体とは、超伝導を担う電子対の二つの電子の相対的な角運動量がゼロであるような(s波)超伝導のことである。通常の低温超伝導体はs波が典型的である。


    注4 テラヘルツ波
     光と電波の中間の周波数帯であるテラヘルツ(1012Hz)領域に位置する電磁波。近年の超短パルスレーザー技術の進歩とともに、テラヘルツ波の発生・検出技術が大きく進展した。多くの物質系で、テラヘルツ周波数に特徴的な振動構造(励起)が存在するため、物質にテラヘルツ光を当てたときの応答が物質科学研究にとって重要となっている。



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