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高温超伝導体のネルンスト効果
銅酸化物高温超伝導体は、母物質である反強磁性絶縁体にキャリアをドープすることによって超伝導を示すが、キャリアドープとともに超伝導転移温度Tcが上昇するドープ領域をアンダードープ領域と言い、Tcが減少するドープ領域をオーバードープ領域という(図1)。
アンダードープ領域では、特徴的な温度T*以下で擬ギャップと呼ばれる状態密度の減少が観測され、超伝導の発現機構の解明と絡めて現在も活発に議論されている。この擬ギャップの起源については、超伝導由来の電子対形成(超伝導の芽)であると考えるものと、超伝導と競合する何らかの電荷秩序によるものであると考える2つの立場がある。それぞれの立場によって、超伝導の発現機構の解釈が異なり、前者(図1a)では、擬ギャップ温度T*以下では、超伝導ギャップは開いているが超伝導波動関数の位相が揃っていないために超伝導にならないというシナリオが考えられている。一方、後者(図1b)では、競合する秩序が交わる点(Quantum Critical Point)の近傍で超伝導が起こるというシナリオが考えられる。そこで、この擬ギャップの起源を突き止める事は、超伝導発現機構の解明にきわめて重要である。


図1:高温超伝導体の電子相図

銅酸化物高温超伝導体のネルンスト効果は、Tcよりはるかに高温からネルンスト電圧が増大することが報告されている。これはvortexが流れることによって起きると解釈されており[1]、すなわちTc以上において超伝導由来の電子対が形成されることを意味する。一方、電荷秩序(CDW)によっても大きなネルンスト効果が発現するという報告もあり[2]、その場合、競合する秩序状態が交わる量子臨界点付近で超伝導が起きているというシナリオも考えられる。本研究では、La1.85-yNdySr0.15CuO4において、ホール濃度をx=0.15に固定したまま、Ndをドープすることで、電荷(ストライプ)秩序とネルンスト効果の関係について調べた[3]。この物質はNdドープとともに電荷秩序が安定化しTcが減少することが報告されている[4]。


図2:測定装置の模式図

図3(a)にネルンスト電圧のNdドープ依存性を示す。超伝導揺らぎの起きる温度(ネルンスト電圧が磁場依存性を示す温度で定義する。)TB以下においてNdをドープするとネルンスト電圧が劇的に減少している。これは、電荷秩序が超伝導を壊すためだと考えられる。また、TBはNdのドープによって変化せず約50Kである。図3(b)に電荷秩序が起きる温度Tch~70K(y=0.4)付近のネルンスト係数を示す。70K付近で明らかにネルンスト係数が増大していることが分かる。また、図3(c)に示すように、ネルンスト係数が増加し始める温度Tonsetは、Tcが大きく減少するにもかかわらず変化しない。

 
図3(a):ネルンスト電圧のNdドープ依存性 図3(b):Nd=0.4のTch付近 図3(c):Tonset付近の拡大

以上の結果をまとめると3つの特徴的な温度が定義することができる。高温から順に、①Tonset:電荷秩序の揺らぎができ始める温度でNdのドープ量に依存しない。②Tch:電荷秩序の起きる温度でここでネルンスト係数が増大する。③TB:超伝導揺らぎの発達する温度で、これもNdのドープによって変化しない。
これらの実験結果から、Tcより遥かに高温から見られるネルンスト電圧の増大は電荷秩序によるものだと考えられ、電荷秩序の相境界付近(QCP)で超伝導が起きている図1(b)のような相図が示唆される。
また、高温超伝導体は本質的(自発的)に不均一であり、図4の様に、超伝導の芽が出来始める温度(TB)は同じでもそれらがつながる温度(Tc)がNdをドープすると減少するものと考えられる。


図4:超伝導の揺らぎが出る温度は同じだが、Ndをドープすると超伝導が成長しにくい。

さらに、図5の様に、Ndドープによって電荷秩序の揺らぎが発達し始める温度(Tonset)は変化しないが、Ndによってピン止めされる温度(Tch)が高くなるものと考えられる。


図5:ダイナミックなストライプが起きる温度は同じだが、Ndによってピン止めされやすくなる。

[1] Z. A. Xu et al., Nature, 406 (2000) 486.
[2] R. Bel et al., Phys. Rev. Lett., 91 (2003) 066602: Olivier Cyr-Choini`ere et al., Nature, 458 (2009) 743.
[3] T. Fujii et al., cond-nat0912.0095.
[4] N. Ichikawa et al., Phys. Rev. Lett., 85 (2000) 1738.